2018年上半期ベスト映画

1:ショーン・ベイカーフロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
最も誠実に子供と女性と男性を描いた作品。人間の生存に関わる「なぜ?」と「私は私である」を巡る根拠の物語であり、鮮烈なラストの後ろ姿に一抹の夢と希望を託したくなる寓話である。

2:スティーブン・スピルバーグペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書
世界に存在する完璧な映画の1つ。オールドスタイルなハリウッドの映画作法を引き継ぎ、ストーリーテリングとスペクタクルの理想的な鬩ぎ合いを模索し続ける巨匠の結晶体。

3:リュック・ベッソンヴァレリアン 千の惑星の救世主
2018年最も不憫な映画であり、本作への過小評価に不寛容と差別を衒いなく謳歌する世界の一端を感じてしまうのは邪推に過ぎないのだが、あらゆる生命体の共存と平和という究極の理想論を夢想するクリエイターのセンス・オブ・ワンダーは、極上の冒険活劇として結実する。

4:ポール・トーマス・アンダーソンファントム・スレッド
「I love you」に「I love you」で返せない男と、男性支配に対する抵抗の策略を巡らせる女の凡庸な共依存のメロドラマは、暴力的な不協和音の連鎖によって緊張感に絡めとられ、ポール・トーマス・アンダーソンの映画としてファントムのごとく現出する。

5:吉田恵輔犬猿
近しい人の死を望むわけではないが、その死に胸が痛むわけではない。血縁関係に何の理想も羨望も期待も持たない人間にとっては、明白に敵視すべき家族がいることの方が生きやすいのであって、好きでも嫌いでもない空白の狭間で心が蝕まれていくのみである。

6:ジェレミー・ジャスパーパティ・ケイク$
しみったれたリアルを音楽に変えるために、くそったれな現実に飲み込まれてしまう前に、言葉を吐き出すしかない。だらしなくてみっともない言葉の羅列だとしても、偽物の言葉だとしても、他の誰からも無視される言葉だとしても、吐き出された言葉は革命の音楽となる。

7:ルカ・グァダニーノ君の名前で僕を呼んで
「夏」は人を惑わせる。「夏」は空気を変容させる。あの「夏」の出来事をいつまで記憶していられるのだろうか。あの瞬間でしか生まれえなかった音が、映像が、記憶が刻まれ、映画はどこか見果てぬ場所へ動き出すのだが、不意に耳に入る「自分の名前」が、あの「夏」の終わりを告げる。

8:スティーブン・チョボウスキー『ワンダー 君は太陽
人にはそれぞれの物語があり、その人ではないわれわれは、他人が決断した選択という結末しか目にすることがない。その選択の裏にある物語を丁寧に掬い取ることがチョボウスキーの美点であり、人間の善性にそれでも期待することが、あまりにバカげたことばかり起こる世界への抵抗である。

9:ラウル・ペック私はあなたのニグロではない
「ニグロとは、差別をする者が差別を正当化するためのマジカルワードでしかない」と喝破するために、どれだけの道程を踏破しなければならないのか?どれだけの暴力を我慢しなければいけないのか?世界に蔓延る差別をせせら笑い、自分は加担していないと嘯くことでしか知性を堅持できないのであれば、今なお鈍く輝くボールドウィンの言葉の数々に圧倒されることこそが処方箋となりうる。

10:ジョセフ・コジンスキー『オンリー・ザ・ブレイブ
人生には良くできた脚本もアッと驚く伏線回収も準備されていない。だからこそ、あの日あの時あの一瞬が、不意に愛おしく思えてしまうのであり、不可逆性という映画が孕む残酷さをも刻印された彼女らの表情に呆然とするしかない。